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久田さんのこと

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「もう少し飲ませてもらってもいいですか?」
久田さんはお鮨を食べ終えて一息つき、遠慮がちにそう言われた。
「大丈夫ですよ。何を召し上がりますか?」

久田さんのこんなに長い話を聞くのは初めてだった。
いつも必要なことだけを言葉少なに話し、お酒もゆっくりと召し上がっていた。


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焼酎の水割りを…ということだったので、ゲソの塩焼きを一緒にお出しする。

久田さんは鞄の中から一冊の雑誌を取り出してぱらぱらと捲り、頁を開いて見せてくださった。
それは皮の専門書のようで、開いた頁には緊張した面持ちの久田さんのインタビュー記事が載っていた。

「あっ、これ久田さんですよね」
「ええ、あの~、それはですね…」
「はい」
「汐里がね、靴のコンテストをどこかで見つけてきましてね『有美ちゃんの靴出してみたら?』って言ったんですけどね、僕はコンテストとか賞とかには興味がなくて曖昧な返事をしてたら、勝手に書類を取り寄せちゃいましてね」
「まぁ、しっかりしたお嬢さんですね」
「あぁまぁ、小さい頃から苦労させてますから、しっかりしているというか生意気というか」
久田さんはそう言って、ちょっと嬉しそうに思い出し笑いをされた。

「この歳でコンテストなんて気恥ずかしくて。でも汐里が『こんな靴を作っている人がいるって皆に知って欲しいな』って言うし、僕もね、ちょっと自分に対しての賭けみたいな気持ちもあって応募してみることにしたんです」
「はい」
「そしたらね、もちろん大賞とかはとれなかったんですが、審査員特別賞っていうのを頂いちゃいましてね。みんな若い人ばかりなのに40も過ぎて恥ずかしいですよね」
「そんなことありませんよ。素敵な靴ですもの」
「もう去年の秋のことなんですけどね。雑誌なんかで取り上げてもらえたりして協賛してくれるメーカーが出てきたり、ギャラリーで取り扱ってくれるところも増えてきたんです」
「まぁ、それは良かったですね。おめでとうございます」

久田さんは残りの焼酎をぐっと一気に飲み干して、鞄から二通の封筒を出して私に差し出した。
「拝見してもいいんですか?」と私が聞くと
「は、はい」と言って空のグラスを飲もうとされたので、もう一杯少し薄めにして同じものをお出しする。

封筒を開くと一通は靴のオーダーチケット。
裏には「ぼくが生きている限り、永久チケットです」と書いてあった。
もう一つには久田さんの今までの事がこと細かに書いてある履歴書のようなものだった。

「あの、これは…」
私が顔を上げると、久田さんはまたぐっと焼酎を飲んで
「僕と結婚してください」と言われた。

私は突然のことにびっくりして一瞬言葉を失ったけれど、こんなに真っ直ぐに告白されたら私も正直に向かい合わなければいけないと思った。
今お付き合いしている人がいるということ、そしてその人とは結婚を考えているということを話そうと口を開きかけると、久田さんは立ち上がって
「待ってください。今ここで断らないでください。少しでも僕に待つという楽しみをください」と言われた。

本当ならここできちんとお断りするべきだと思いながら、私は久田さんの必死な目を見ていると、言葉を飲み込んでしまった。
「すみません。僕、お膳立てとか段取りとかできないんです。でもずっと考えていたことなんです。この賞がきっかけでやっとなおさんに告白する決心がつきました」

食事を一緒してくださいとか、お付き合いしてくださいとかではなく、いきなり結婚なんて子供みたいだと思うと、いかにも久田さんらしいとふっと可笑しくなってしまって、お断りは後日にしようと思いなおした。

少しほろ酔いの久田さんを送って店の扉を開けようとした時に、いきなり後ろから抱き締められた。
「初めてお店に来た時から、ずっと好きでした」
久田さんのどくどくという心臓の鼓動が、私の背骨からつんと喉の奥に駆け昇ってきて私は一瞬目を閉じた。

久田さんの腕にぐっと力が込められたその時だった。
がらっという音がして扉が開いた。

Commented by t_hcmoto at 2020-08-22 14:07
泣けました(T . T)

で、で
誰が来たの?
ドキドキ
Commented by fusk-en25 at 2020-08-22 18:26
どちらにしても。。
思い出に残る出来事。
それもごく若い人の間ではないのが。。

でもこうなると添わしてやるわけにはいかない。。
かも。
小説ならば。。
Commented by syun368 at 2020-08-23 11:05
登志子さん
久田さんの必死な思い、泣けちゃいますよね。

さてさて 誰でしょう(笑)
Commented by syun368 at 2020-08-23 11:07
fusk-enさん
久田さん どうしてもっと早く告白しなかったんでしょうね。
必死な思い 叶えてあげたいのですが…
Commented by shin7300 at 2020-08-23 11:42
何という展開!!

次回に続く、、
はやく次をーーーー
Commented by syun368 at 2020-08-23 13:21
shinさん
久田さん頑張りました〜

焦らない 焦らない(笑)
でも今回はなるべく早くupします。
Commented by kei-kana38 at 2020-08-23 19:54
次が気になる〜。
不器用な久田さん、ストレートですね。
Commented by まるちん at 2020-08-23 21:00 x
ぎゃー、ダレ?誰が来たんですかっっっ!!
Commented by africaj at 2020-08-23 23:18
あー、、、、、、心臓に悪い。
Commented by syun368 at 2020-08-23 23:26
kei-kanaさん
久田さん必死で頑張りました❕

不器用な人ほど脇から責めるとかできなくて、直球勝負になってしまうんですよね。
Commented by syun368 at 2020-08-23 23:28
まるちんさん
ギャー 誰が来たんでしょう(笑)
Commented by syun368 at 2020-08-23 23:30
africaさん
ムフフ
これから もっと心臓パクパク(笑)
Commented by Mchappykun2 at 2020-08-24 04:01
きゃー!!! 扉を開けたのはどなたでしょう?最悪の展開?それとも。。。。

げその塩焼きという手もあったと私のゲソの料理を反省していました。

やっとコメントできるようになりました。
エキサイトひどかったですね。私はログインもできず、みなさんのところにお邪魔することもできませんでした。
Commented by syun368 at 2020-08-24 21:11
Mchappykunさん
ほんとエキサイトひどかったですね。
私のPCが古いので いよいよ駄目になったのかと思ってしまいました(笑)

ゲソは2時間ほど生干しにしています。
干すとまた甘味が出て美味しくなりますよね。

気になります?
気になりますよね〜
ムフフな展開になってきます。
Commented by thesakana at 2020-08-26 11:16
後ろからギュッ!! 萌え萌えの王道シチュエーション♡
私がすると「背後霊か!?」となりますがw
Commented by syun368 at 2020-08-26 21:38
duoさん
ムフフ 羨ましいでしょ。
スカート履いて口紅塗ったduoさんは こんなことしたら駄目ですよ(笑)
by syun368 | 2020-08-22 12:56 | その他 | Comments(16)