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4月○○日 花山椒

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1年のうちで2週間ほどの逢瀬。
花山椒。
今年もこの季節がやってきた。
季節の出会い物は、あの日あの時の記憶を鮮明に蘇らせ忘れられない思い出に繋がっているのだといつも思う。

あれから結子からは何の連絡もなく、実家にいるはずだからと少し安心もしていて日々は過ぎていった。

今日は花山椒が入ったらお知らせすることになっていた村上さんと小川さんが予約を入れてくださっていて、村上さんは6時過ぎ、それから少し遅れて小川さんがいらした。

「なっちゃん、また花山椒に会えて嬉しいのう」
「ほんまじゃ、食べそこねたらまた1年待たんといけんわ。それまで生きとるかどうかわからんで」
「まぁ、そんなこと。締めに花山椒のご飯をご用意してるんですけど、お酒のアテに少し花山椒のお料理をお出ししますね」
「あぁ、なっちゃんに任せるわ」


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「これはイサキじゃな」
小川さんはひと口食べてそう仰った。
「さすが、よくお分かりですね。山葵ではなくて山椒のソースを合わせてみたんですけどいかがでしょうか」
「あら、おじさまにはちょっとお洒落すぎるんじゃないですか~」
「もう、麻紀ちゃんたら。すみませんねぇ」
「いやいや、山椒の香りがええ仕事しとるで。そういやぁ村上さんとこはもうすぐ引越しじゃなかったかのう」
「あぁ、6月の初めにな。12階建ての小さいマンションじゃけんの」
「完売って聞いたで。羨ましいのう」
「全部息子に任せとるけんわしはよう分からんのじゃけどな。ありがたいことにそうらしいわ」
「まぁ、そうなんですね。おめでとうございます」
「おめでたいんかのう。この歳で新しい住まいゆうのもなんだかなぁ」

私は去年のお雛祭りの時のおばあちゃまのことを思い出していた。
あれからもう1年が過ぎてしまったのだ。
村上さんちの行き帰りに原田くんに木嶋さんとのことを聞かれた時は、まだ私の中で躊躇いがあったけれど、今はきちんと前向きに考えられるようになっていた。
1年とはそういう時間でもあるのだなと思っていた。


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近くの塾の若い先生方が3人でいらしてくださったので、牛モモの炙りを花山椒醤油でお出しする。
「今日は麻紀ちゃんのほうだね」
「はい、あたり」
「生徒のお母さんにケーキの差し入れをもらったから、麻紀ちゃん食べてや」
「わぁ、ありがとうございます」
「あら、よかったわね。冷蔵庫に入れておいて帰りにお持ちなさいね」
「は~い。お礼にお酌しま~す」

麻紀ちゃんと早紀ちゃんは、ほんとに双子かしらと思うほど性格は対照的で、活発で社交的な麻紀ちゃんは若い人に人気があり、大人しい早紀ちゃんは年配の方に人気があった。
二人がお店にいてくれるだけで華やかで、このふたりを紹介してくれたたみちゃんに感謝する。
そういえばたみちゃんはどうしているんだろう。


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「なっちゃん、何か他にも刺身があったら貰おうかの」と村上さんが仰ったので、小河豚の昆布締めをご用意する。


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「今日は小河豚のいいのがありましたから昆布締めにしておいたんですよ」
トラフグなどとは格が違うけれど、これはこれで安価で美味しいと私は思っていて、見かけると一品にする。
15cmほどの小さな毒のない(と言われている)河豚である。

「ママ、僕らにもそれください。それとビールのお代わりも」
「はい、ありがとうございます。麻紀ちゃんビールお出ししてね」


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締めは、小河豚のアラを焼いて出汁をとったご飯に花山椒を混ぜたもの。
「なっちゃん、ええ香りがするのう。何杯でも食えそうじゃけど、そこの若い人らの分は残しとくわな」
小川さんはお代わりもされて、村上さんと連れ立って帰っていかれた。

今週の休みには花山椒を持って久し振りに実家に帰ろうと私は思っていた。


今日の一品
・イサキの和風カルパッチョ
①イサキは薄塩をあてて30分程おく。
②花山椒は擂り鉢であたり、ビネガー、白醤油(または薄口醤油)、オリーブオイルでのばす。
③薄造りにしたイサキに花山椒のソースをかけ、花山椒を散らす。








Commented by Mchappykun2 at 2020-07-07 22:33
花山椒、いいですね。ここまで香りが漂ってきそうです。とは言っても完全に想像です。花山椒、食べたことがないので。たった2週間だけなのですか。本当に貴重なんですね。魚にも牛肉にもご飯にも合う花山椒、いつかいただいてみたいです。
また、小河豚というのも初めて知りました。昆布締め、これも食べてみたいです。
Commented by t_hcmoto at 2020-07-07 23:24
こ、これは・・・
贅沢なお品です。
花山椒に巡り会えた方はお幸せでしたね。

ツバをゴクンとしながら見入ってしまいました。
Commented by syun368 at 2020-07-08 09:40
Mchappykunさん
花山椒の時期は短くて雌木に蕾が付き花が開ききるまでの2週間ほどの自然の贈り物なんです。
白洲正子が愛した花山椒鍋としても知られています。
実山椒ほどきつくはなく 香りも高いのですが優しい春の味です。
次回は是非 春にいらしてください。

小河豚は一匹数百円の安い河豚ですが、昆布締めにしたり唐揚げにすると美味しくいただけます。
Commented by syun368 at 2020-07-08 09:46
登志子さん
季節の出会いものは ほんの一瞬のご馳走ですもんね。
鮮烈で若々しくてピリッと香る花山椒、毎年これに出会えると春が深まるのだなぁ…と思います。
Commented by hitoshi-kobayashi at 2020-07-08 17:37
花山椒、私の辞書にない食材です。
味の想像もできません。
一生のうちにお目にかかりたいものです。
Commented by syun368 at 2020-07-09 01:41
hitoshiさん
花山椒は春のほんの一瞬のご馳走です。
実山椒よりも優しくて 風流な味とでも言うのでしょうか。
市販もされていますが、山椒の木があるお宅とか山で採ってくるのが一番いいんです。
是非 山椒の木を植えてらっしゃる方とお友だちになってください(笑)
Commented by fusk-en25 at 2020-07-09 02:14
村上さんと小川さんの会話を書かせると。
話が生きてきて。。
ドロドロしたものよりこの方が作家には向いているのだだろうなあ。。きっと。

山椒の木が伸び悩み。。
葉っぱもいくらか茶枯れて。。
難しい木だけに心配もしています。
Commented by syun368 at 2020-07-09 16:04
fusk-enさん
私自身も小川さんと村上さんの人物設定 好きなんです。
その辺に普通にいそうなおじさんたちなのですが、ちょっと情にもろくて 日々を生きている…

山椒 結構気難しい木ですよね。
私も難度か駄目にして、やっと2年ほど前に植えたものが根付いてくれました。
by syun368 | 2020-07-07 19:26 | 今日のひと品 | Comments(8)