2019年 02月 25日
2019年2月◯◯日 平貝
朝から優しい陽射しが降り注ぎ、うらうらとした早春の陽だまりが揺れていた。
仕入れのために自転車を走らせる。
川辺にさしかかると私は自転車を降りて川面を見つめながら、まだ少し冷たさの残る大気を胸いっぱいに吸い込んだ。
立ち枯れの紫陽花が木漏れ日に揺れている。
この紫陽花が咲いていた去年の夏の日々が遠い記憶の欠片となって、きらきらと光る煌きと共に川面を流れていく。
「来月も会ってくれますか?」と木嶋さんは言ったのに、あれから何の連絡もなかった。
用事がなければ連絡をしてこないところは、ひろとよく似ている。
今日は原田くんが村上のおじいちゃんと一緒に来てくれることになっていた。
平貝のいいのが入っていたので数個仕入れる。
村上のおじいちゃんは6時頃、それに少し遅れて原田くんがやってきた。
「今日は平貝がお薦めなんですけど…」
「あぁ、なっちゃんに任せるわ」と原田君は言って、しばらく二人でマンション建設の話をしていた。
平貝の味噌漬け炙り
話が一段落ついたようなので、平貝の炙りとともに原田君にはビール、村上さんには小笹屋竹鶴の燗をお出しする。
「なっちゃん、味噌のええ香りがして旨いなぁ。わしもまだまだ歯を大事にしとかんとこんなもんが食べれんようになるわ」
「村上さんはお若いですもん大丈夫ですよ」
「まぁ、ばあさんのことがあるけん、まだ元気でおらんとなぁ」
村上さんのおばあちゃんはかなりアルツが進んでいるようだけれど、仏様のような穏やかな呆け方だと原田くんが以前話していた。
それでも介護の負担はかなり重くのしかかってきていることには違いなく、持ち家をマンションに建て替えるのを機におばあちゃんを施設にお願いするのだと言っていた。
駅の近くの銀行にお勤めだという女性の方が二人でいらっしゃったので、平貝のサラダをお出しする。
お酒は小野酒造の老亀を冷やで。
「平貝、家で食べることって余りないので嬉しいわぁ。もっといただきたいくらい」と仰ったのでもう一品。
「平貝の炙りを夏蜜柑とルッコラで合わせてみたんですけど、お口に合いますか? ドレッシングではなくてお塩とオリーブオイルだけをかけてます」
「さっぱりして美味しいです。スパークリングが飲みたい気持ち」と仰ったので、まだ1本残っていた発酵の「どぶろく八幡」をお薦めする。
村上さんと原田くんにはホタルイカの佃煮。
ちょうど同じ頃皆さん締めに入られたので椿寿司をお出しする。
椿の季節になると毎年作る定番のお寿司、これを待っていてくださるお客さまも多い。
「なっちゃんの椿寿司は可愛いのう。ほれ、なっちゃんがよう作る鯛の散らし寿司も、うちのばあさんも好きでな。食わせてやりたいのう。一個持って帰ったらいけんかなぁ」
「ごめんなさい。生ものはお持ち帰りしていただけないんですよ」
「そうよなぁ、悪かった、悪かった」と村上さんは残念そうに仰った。
「春から村上さんとこの家を取り壊してマンションを建てる準備をするんじゃ。しばらくはマンションの仮住まいになるけん、おばあさんは施設にあずけるんじゃと」と原田くんは言って、村上さんの方を見た。
「そうなんですね。じゃぁ、私この日曜日に村上さんちに伺って鯛のお寿司作ります」
「いやぁ~、そんなことしてもらうわけにゃぁいかんけん。気にせんでええよ」
「いいえ、大丈夫ですよ。あらかた下準備はしていきますから、ちょっと台所使わせてください」
「それなら俺がなっちゃんを車に乗せていくわ。ちょうど息子さんにも話しがあるけん」
「ほんと、原田くん助かるわ。一緒にお寿司ご馳走するわね」
「よし分かった」
「なっちゃんも原田君も悪いのう。嬉しいのう、ばあさんがどんなに喜ぶか。ほんまにありがとうさん」
日曜日のお昼に伺う約束をして二人をお見送りする。
今日のひと品
平貝を平貝のソースで
・ソース
平貝は手で縦に裂き、さらに小口切りにする。
大蒜、エシャロット(なければ島らっきょ)ひねの沢庵、フェンネル、赤大根を全て微塵切りにして平貝の小口切りと混ぜる。
塩、オリーブオイル、夏蜜柑の搾り汁で和える。
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fusk-en25 at 2019-02-25 19:01
いいお話ですね。椿寿司の美しさと言い。。
素敵な日曜日になりますように。。
(ほんと、脇話いいなあ。。御免なさい)
素敵な日曜日になりますように。。
(ほんと、脇話いいなあ。。御免なさい)
1
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Mchappykun2 at 2019-02-26 01:44
椿寿司、可愛らしいですね。平貝のサラダも炙ったのもどちらもとても美味しそうです。そしてなんとお洒落なことか!
作り手の優しさがにじみ出たお料理ですね。
作り手の優しさがにじみ出たお料理ですね。
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nayacafe-2950 at 2019-02-26 07:18
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syun368 at 2019-02-26 18:57
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syun368 at 2019-02-26 19:00
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syun368 at 2019-02-26 19:03
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africaj at 2019-02-27 13:17
呆けて仏様のような穏やかさ。
でもきっと味覚には反応するんでしょうね。
なおさんの優しさに、ますます優しい仏様顔するんでしょうね。
お店とお客さんを超えたこんなつながりが持てるお店って良いなあなどと思うのでした。
私もblogに椿寿司の登場を楽しみに待っている一人♪
でもきっと味覚には反応するんでしょうね。
なおさんの優しさに、ますます優しい仏様顔するんでしょうね。
お店とお客さんを超えたこんなつながりが持てるお店って良いなあなどと思うのでした。
私もblogに椿寿司の登場を楽しみに待っている一人♪
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syun368 at 2019-02-27 22:39
africaさん
私の友達のお姑さんが まさにこういう感じなのです。
お嫁さんに「どなたか存じませんが、お世話になります」って言うんですって…
自分では呆け方は決められないけど、こんな風に呆けることができるといいな…といつも思います。
この季節の椿寿司、定番ですが私もすきなんです☺️
私の友達のお姑さんが まさにこういう感じなのです。
お嫁さんに「どなたか存じませんが、お世話になります」って言うんですって…
自分では呆け方は決められないけど、こんな風に呆けることができるといいな…といつも思います。
この季節の椿寿司、定番ですが私もすきなんです☺️
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hitoshi-kobayashi at 2019-03-01 17:04
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syun368 at 2019-03-02 07:34
by syun368
| 2019-02-25 16:16
| 今日のひと品
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Comments(10)