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2018年4月◯◯日 花山椒鍋

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「父さんがお待ちかねなんだけど、そろそろ今週の日曜日にでもどう?」
と母から連絡が入った。
そろそろとは花山椒鍋のことである。

白洲正子さんや福森雅武さんの本でもお馴染みの、年に一度のとびっきり贅沢なお鍋。
山椒の花が開き始めたほんの1週間ほどしか味わえないご馳走なのである。

父はこれでお酒を飲むのが大のお気に入りで、毎年この時期を心待ちにしていた。
私はお店の残り物を詰めて実家に向かった。

鍋を囲むということは幸せの象徴なのだと思う。
慎介と気まずくなってから別れる日までの数年間、思い起こせば一度も鍋はしなかった気がする。
温かい湯気が立ち上ぼり、にこやかに笑いながら箸を伸ばし口に運ぶ幸せ。

気持ちが落ち着いている日は、もう一度素直な思いで慎介に向かい合ってみようと思い、心がささくれ立っている時は、あの日の一言が心の奥で渦を巻いていた。
私は慎介の言葉に苛立っていたのではなく、自分自身に苛立ち自分の気持ちを持て余していたのだと、今ならはっきりと分かる。
決定的な瞬間を迎える前に何故気付かなかったのだろう。
そうすれば、もう少し優しいさよならが言えたのかも知れない。

2階から兄の家族も降りてきて昼過ぎから賑やかな宴となった。

「地鶏かと思ったんだけど、冬の猪のロースをとってあるからどうかしらねぇ」と母が言い猪肉を出してきた。

私は肉の端っこや筋を処理して、鰹と昆布で鍋の出汁をひく。
処理した端切れ肉は、叩いて兄の子供達のためにハンバーグにする。

花山椒の若い鮮烈な刺激が猪肉にとてもよく合っていた。
子供達はハンバーグを「美味しい美味しい」と言いながらぺろりとたいらげてくれて、満足気に一足早く2階に引き上げていった。

眩い陽射しが庭に降り注ぎ、時折吹きくる春風に若葉が葉裏を返して揺れていた。



今日のひと品

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花山椒鍋

・出汁をひき、味醂、醤油、酒で少し濃いめの味にととのえる。
・温めた鍋に肉を入れ、火が通ったら花山椒を加えひと煮立ちしたら火を止める。
・お汁ごといただき、締めに麺類を入れてもよい。

今回は猪肉を使用したけれど、地鶏で作ることが多い。
また牛肉でしゃぶしゃぶのように食しても美味しい。
花山椒はできるだけ摘みたての新鮮なものを用いる。



Commented by mary_snowflake at 2018-04-22 18:30
奈緒さんは、ご自分の心を素直に表現できる方、 読んでいて もっと続きが読みたいと思います。
花山椒鍋、ほんの僅かな季節の贅沢な鍋なんですね。一週間程!なんですね。
花山椒の良い香りを こちらまで届くようです。
ご馳走さまです^ ^
Commented by fusk-en25 at 2018-04-22 18:47
鍋にできるほどの花山椒ではないのですが。。
ベランダの山椒にちょっぴり花が付いています。
去年はちりめんじゃこをたいて混ぜたのですが。。
今年は何か違うものを。。と。
この鍋を見て俄然楽しくなりました。
Commented by syun368 at 2018-04-23 08:46
sapphireさん
ありがとうございます。
一生懸命生きていても ちょっとしたボタンの掛け違いで、悲しい結末になってしまうことありますよね。

花山椒、毎年届けてくださる方があり、年に一度のお楽しみです。
我が家の山椒の木はなかなか育ってくれません。
Commented by syun368 at 2018-04-23 08:50
fusk-enさん
山椒まで植えていらっしゃるのですね。凄い!
我が家の山椒はなかなか育ってくれません。
大きくなるまでに3本枯らしてしまいました(涙)

花山椒は結構 鮮烈な味と香りなので、少しでも小鍋にはできそうですね。
Commented by africaj at 2018-04-23 21:12
空港の強いwifi、飛行機の待ち時間。
やっと、開けてじっくり読めました。
と言っても最近の三作今読み終わったところです。

途中抜けてますから、少し飛んでますが、なおはそんなに慎介の言葉が残ってしまったんですね。
言葉って、いつも怖いなと思います。
その瞬間の気持ちの変化で、勝手なフィルターをかけて歪んで心に入ることも多い。
どんなに近しくしている関係でも、こうしてじわじわ壊れたり。
取り繕うほど歪むので、時間を置くしか方法ないなといつも思います。
自分自身の問題だったと気がついたなおに、なにか小さなご褒美はあるんでしょうか。あるといいなあ。
Commented by syun368 at 2018-04-24 00:08
africaさん
わぁ お忙しい旅の空から ありがとうございます。
今頃はイタリアかな?

ほんの些細な一言、受け止める側の気持ちの持ちようで 良いほうにも悪いほうにも解釈してしまうのですよね。
慎介との関係では結局ご褒美はないのですが、ずっと先の終わりのほうに微かな希望が見えてきます。
by syun368 | 2018-04-22 11:04 | 今日のひと品 | Comments(6)