2018年 04月 21日
2018年4月○○日 器
人はたったひとつの言葉で生きる勇気を与えられることもあれば、失意のどん底に突き落とされる時もある。
あの一言がなければ、私は慎介と今でも静かに同じ時を共有していたのだろうか。
私は30歳になった時、3歳上の慎介と結婚をした。
それから数年は、いつか子供に恵まれるだろうとのんびりと考えていて、懐石料理を習いに行ったり独身の頃勤めていた出版社の原稿起しのアルバイトなどをしていた。
そしていつか家を建てることがあれば、キッチンだけは我儘を言って広くしてもらい料理教室をしたいと考えていた。
その時のために、器は骨董やお気に入りの作家ものを5~8枚単位で揃えていった。
それが今このような形で役に立つことになろうとは、その頃の私は思いもしなかったけれど…。
慎介も、会社の付き合い以外は殆ど外食をしてくることがなく、よく同僚や後輩を我が家に連れてきていた。
「奥さんの料理はほんま美味しいですねぇ」と言われると
「そうかなぁ、毎日食べてると分からんよ」と答えながらもご機嫌だったし、私も嬉しかった。
35歳も目の前になってくるとさすがに心配になり婦人科を受診した私は、翌月から治療に通うことになった。
1年くらいは期待の方が大きくさほど苦にはならなかったけれど、それを過ぎると身体的にも精神的にも苦痛の方が増していった。
どんよりとした確信のない可能性と、もう止めてもいいのではないかという思いで治療をキャンセルすることもあった。
そんなある日のことだった。
「奈緒子、もういいよ。僕は奈緒子とずっと静かに暮らしていけたらいいんだから」と慎介が言ってくれた。
私はこの言葉を待っていたのだと思った。
そしてその後「もうお互いに若くはないんだし」と言ったのだ。
どうして私はあの時、あの一言に拘ったのだろう。
優しさから出た言葉だったかも知れない何気ない一言、それが忘れようとすればするほど澱のようにたまっていき、見えない膜となって私の心を頑なにしていった。
私は慎介を避けるようになり、そういうことは同じ空間に居れば微妙に伝わるもので、慎介も帰りが遅くなることが続き、気がつくと私たちは必要最小限の会話しかしなくなっていた。
それでもそれなりの時間が流れていき、いつか修復の時がくるかもしれないという淡い期待と、長く連れ添えば夫婦なんてこんなものかもしれないという諦めにも似た気持ちとで日常は過ぎていった。
あまり使われなくなった器は埃を被っていることもあり、思い出したように磨いていると涙が流れてくることもあった。
どうしてこんな事になってしまったのだろう。
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fusk-en25 at 2018-04-21 09:40
パソコンの調子は良くなりましたか?
ギヤマンという感じの器。。
素朴な感じで。それでいてきらめいて。。
何を入れようかな?って想像するのも楽しいですね。
言葉は「澱」というより。。
ちっちゃな「棘」が刺さったような。。
気分になってしまうことも。。。
こだわるのは大人気ない。。でもいつまでも微かながらチクチクして。。
ギヤマンという感じの器。。
素朴な感じで。それでいてきらめいて。。
何を入れようかな?って想像するのも楽しいですね。
言葉は「澱」というより。。
ちっちゃな「棘」が刺さったような。。
気分になってしまうことも。。。
こだわるのは大人気ない。。でもいつまでも微かながらチクチクして。。
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mary_snowflake at 2018-04-21 11:25
重みのある文章、それでいて 胸に すっーと入ってきます。
言葉は、こんな力を持っていますね。
奈緒さんの思いは 計り知れませんが、共有できます。
写真の器、琴線にふれるものばかり。素晴らしいです。
感性豊かな奈緒さんが 丁寧に選ばれた雰囲気です。魅入ってしまいます。
若かった私は、まず二枚だけ買い求め、口惜しい思いをしているものがあります。奈緒さんのように5〜8枚と思い切ればよかったと思います。特に古いものは、もう二度と出てきませんもの。
言葉は、こんな力を持っていますね。
奈緒さんの思いは 計り知れませんが、共有できます。
写真の器、琴線にふれるものばかり。素晴らしいです。
感性豊かな奈緒さんが 丁寧に選ばれた雰囲気です。魅入ってしまいます。
若かった私は、まず二枚だけ買い求め、口惜しい思いをしているものがあります。奈緒さんのように5〜8枚と思い切ればよかったと思います。特に古いものは、もう二度と出てきませんもの。
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syun368 at 2018-04-21 22:05
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syun368 at 2018-04-21 22:11
sapphireさん
ありがとうございます。
なおも慎介と静かに暮らしていくことを望んでいたんですけれどね…
実際の私は、若い時は数が揃わなくても買っていたこともありました。
ほんとアンティークは同じものに出会うことは殆どありませんものね。
ありがとうございます。
なおも慎介と静かに暮らしていくことを望んでいたんですけれどね…
実際の私は、若い時は数が揃わなくても買っていたこともありました。
ほんとアンティークは同じものに出会うことは殆どありませんものね。
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syun368 at 2018-04-22 08:12
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at 2018-05-27 08:30
x
ブログの持ち主だけに見える非公開コメントです。
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syun368 at 2018-05-27 11:46
8:30の鍵コメさん
ありがとうございます。
駅西、沢山のお店があって楽しいですよね。
「ご飯屋なお」はフィクションなのでお店はないんですよ。
ご飯屋さん したいなぁと思っていたこともありましたけど…
これからも楽しんでいただけると嬉しいです。
宜しくお願いします。
ありがとうございます。
駅西、沢山のお店があって楽しいですよね。
「ご飯屋なお」はフィクションなのでお店はないんですよ。
ご飯屋さん したいなぁと思っていたこともありましたけど…
これからも楽しんでいただけると嬉しいです。
宜しくお願いします。
by syun368
| 2018-04-21 09:19
| その他
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Comments(7)